アリックスパートナーズ、「2024年 航空宇宙・防衛業界見通しレポート」を発表
【2024年8月2日】 グローバル・コンサルティング・ファームのアリックスパートナーズ(本社:米国ニューヨーク、日本:東京都千代田区、代表:植地卓郎)は、「2024年 航空宇宙・防衛業界見通しレポート」(以下、本レポート)を発表いたしました。航空宇宙・防衛産業のファンダメンタルズは2024年一杯良好に推移すると予想されますが、同業界は、サプライチェーンと品質の問題に早急に取り組む必要があります。なぜなら、民間航空機メーカーは9年分の生産高に相当する1万5,000機超の歴史的な受注残を抱え、増産計画を遅らせる事態になっていることが明らかになったからです。本レポートの主なポイントは以下の通りです。
· 民間航空機の受注残が18%増の15,000機に達し、その数は9年分以上の生産に相当する
· 航空輸送量は南北アメリカ市場が牽引し、グローバルで2019年の水準を上回ったが、EMEAとアジア市場はパンデミック前の水準にとどまり不安定な動きをみせている
· 航空会社のキャパシティと収益力は引き続き成長基調にある一方、労使問題や機体に関する課題を抱えており、マクロ状況はまちまち
· 進行中の紛争の影響もあり、世界の軍事費は2023年に前年比6%増となったが、今後も引き続き増加する見込み
· 宇宙産業はますますディスラプションに陥り、競争激化に伴い、従来のプレーヤーはコストとスケジュールの圧力を受ける
· 新たなサステナビリティ政策のイニシアチブは、補助金や炭素税回避を通じて、最大13%の運用コスト削減と8%程度の排出量削減につながる見込み
· 持続可能な航空燃料(SAF)の導入を促進するEUや米国の政策刷新には、2035年までに業界で年間設備投資1,500億ドルが必要となる
· 次世代空モビリティは重要な局面を迎えている。多くのプレーヤーはレバレッジが高く、認証取得競争の中で財務再編と流動性を必要とすることになる
· 宇宙、防衛、政府サービスでは、サステナビリティへの懸念、金利動向、AI活用をきっかけにM&Aが増えていく一方、民間航空宇宙セクターには暗雲が立ち込めている
アリックスパートナーズは本レポートにおいて、地政学的対立、サプライチェーンのねじれ、人材不足からサステナビリティ、品質、生産拡大に関する懸念に至るまで、航空宇宙・防衛の複雑なエコシステムに重大な影響を及ぼす要因を分析しています。結果、パンデミック以降、多くの分野で回復が期待できると予想しますが、依然としてディスラプションが続く中、イノベーション、柔軟性、適応力を高めるに多額な投資と戦略が必要となることが明らかになっています。
アリックスパートナーズの航空宇宙・防衛プラクティスのグローバル共同リーダーであるステファン・オールは、次のように述べています。
「航空宇宙・防衛産業は、堅調な航空需要、防衛支出の増加、民間航空機の好調な受注、宇宙関連への飽くなき探求など追い風を受けています。しかしながら、パンデミック発生から4年が経過しているものの、様々なセグメントにおける利益や売上は見通しも含めて荒れ模様となっています。世界経済が不安定で、脱グローバリゼーションが加速化し、業界は需要主導による急激な生産拡大を強いられ、事業面、財務面で複数の困難に直面しています。更なる課題としては、今もなお続くサプライチェーンの混乱、高金利、インフレの持続、世界的な緊張の高まりなどがあります。そうした状況でも、脱炭素化への取り組みを加速させなければ、多くのステークホルダーが航空宇宙・防衛企業に求めているサステナビリティの主な目標達成を逃すリスクがあります。」
相互に影響しあう航空宇宙・防衛業界のディスラプション
航空宇宙・防衛業界は2024年、様々なディスラプションに直面しており、それらは相互に深く関連していると考えられます。生産拡大の課題に加え、ウクライナと中東での戦争、アジア太平洋地域での緊張、サプライチェーンの混乱、人材不足、宇宙の拡大、品質向上への新たな取り組み、プライベート・エクイティ活動の活発化、サステナビリティなどがあげられます。
アリックスパートナーズの航空宇宙・防衛プラクティスのグローバル共同リーダーであるデビッド・ワイヤーマンは次のように述べています。
「航空宇宙・防衛業界に影響を与えるこれらのディスラプションは、業界のプレーヤーにとっては今後数年間に大きなチャンスをもたらしますが、対策を誤れば、業績や成長を阻害することにもなりえます。」
昨年は比較的控えめであったものの、2024年には勢いを増すと想定されているM&Aディールを含め、いくつかのディスラプションが世界の航空宇宙・防衛業界の様々な局面に影響を及ぼしています。ESGにかかる圧力の高まりに対応するために不可欠なサステナビリティの取り組みは、今後変革をもたらす分野での買収やESGに悪影響を及ぼす資産のカーブアウトの推進力として徐々に台頭しています。プライベート・エクイティでは現在、「長期の高金利」を合理化していますが、戦略的な取り組みに追いつくのに苦戦しているのが現状です。
プライベート・エクイティは引き続きセルサイドで活発となり、オペレーションの改善が大半の投資テーマを網羅するとみています。M&Aに影響を与えるその他の要因としては、AIや欧米主要国での選挙が挙げられます。防衛、宇宙、政府サービス部門で多くのディールが起こるとみられる他、生産の不確実性、航空構造分野の将来に対する疑問、老朽化した機体の退役などの課題は、民間航空宇宙の活動に影響することが予測されます。
サステナビリティが焦点に
2050年までにネット・ゼロ・エミッションを達成するという業界の目標は、サステナブルなソリューション開発への投資圧力になっています。2040年までには、最新世代の航空機(ナローボディ機は2017年、ワイドボディ機は2010年に導入)は保有機の61%を占めることになり、より燃料効率の高い航空機に取って代わっていきます。
アリックスパートナーズの航空宇宙・防衛プラクティスのEMEA共同リーダーであるパスカル・ファーブルは次のように述べています。
「航空業界は、航空交通方程式のすべての要素を考慮し、取り組みを強化する必要があります。ネット・ゼロの達成には、機体の刷新、SAF、飛行と地上業務の改善が重要な柱ですが、需要削減や炭素除去を含む対策によって補完される必要があります。」
最近の政策刷新は、フライトおよび地上での運航の改善にも影響しています。これらの刷新は、補助金や炭素税の回避を通じて財務的利益をもたらす可能性があり、運航コストを7~13%削減し、排出量を約8%削減することにもつながります。
中でも、世界の航空交通量の50%を占めるEUと米国の政策刷新は、SAFの採用を促進する可能性があります。SAFの生産拡大が義務付けられると、2035年までに年間1,500億ドルの設備投資が必要になると予想されます。
航空輸送量がパンデミック以前の水準を超える
世界の航空需要は、ほとんどの地域で旅行行動の正常化を反映して2019年の水準かそれ以上に回復しており、個人消費パターンへの注目が高まっています。アジアでは依然として需要とキャパシティの回復が遅れているものの、2024年以降も改善は続くとみています。
民間航空会社については、キャパシティ制限下で高水準で推移する航空券価格に支えられ、2024年には2019年の水準を上回る純利益を達成することが予想されるため、投資家は楽観視しています。こうしたキャパシティの制約は、現在進行中の航空機納入問題(特にボーイングの737 MAX関連)やGTFエンジンの信頼性問題により、2026年までに数百の航空機の運航が停止されることも影響しています。パンデミック後に締結された新たな労働協約も、多くの航空会社の利益率に大きな下方圧力をかけています。
格安航空会社については、欧州と中東ではキャパシティ・シェアをパンデミック前の水準以上に引き上げている一方、米国でのシェアは安定しています。北米および欧州の格安航空会社数社は、収益面でネットワーク航空会社に遅れをとっており、コスト面でもネットワーク航空会社との厳しい運賃競争によっても圧迫されています。
防衛についての新たな焦点
現在、世界の軍事費は2兆3,000億ドルに達し、6年連続で過去最高水準を更新しています。しかしながら、イスラエルでの紛争は、ウクライナからの需要増に対応するために既に苦慮している防衛産業基盤に更なる負担を強いています。中国は、西側諸国とその同盟国にとってロシアと並ぶ脅威となりつつあり、宇宙、極超音速ミサイル、量子コンピューティング技術といった高度な軍事分野で西側諸国と同レベルの飛躍を遂げています。
防衛分野のリードタイムは改善しつつあるとはいえ、まだパンデミック以前の水準には至っていません。アリックスパートナーズの航空宇宙・防衛プラクティスのパートナーであるベン・ブルックスは次のように述べています。
「プログラム管理は、間違いなく防衛企業が直面する最重要課題です。予算と納期を守ることは、かつてないほど重要です。また、この分野では、特に熟練工、溶接工、機械工などの製造職の人材不足が深刻であり、プロジェクト管理やシステムエンジニアリングの人材も、要件や兵器システムの複雑化に伴う要求に応えるには不足しています。」
商業用航空機セクターを複雑にする生産拡大の厳しさ
民間航空宇宙部門では、業界の負債水準が依然として高い中、過去最速かつ最も急激な増産に直面しています。借り換えコストは法外で金利が依然として高いため、この傾向は2024年も続く見込みです。多くの企業にとって、今後訪れる満期が問題になるとみています。
しかしながら、投資は必須であり、すべてのプログラムにおいて生産能力の追加が必要で、各セグメントが生産能力を奪い合い、結果として、設備とエンジンOEMの新規設備とアフターセールスの間でトレードオフが生じると予測されます。
また、生産拡大の問題はパンデミック以降続く労働力不足により悪化し、バリューチェーン全体の能力とそのバッファを枯渇させています。サプライチェーンも問題のひとつで、材料不足とインフレは緩和されつつありますが、サプライヤーは財務的に脆弱で、生産拡大に必要な高水準の運転資金、労働力不足、金利上昇を吸収するのに依然として苦慮しています。
最後のフロンティアを目指す大きな関心の高まり
宇宙産業は加速的に伸びており、2023年は6.3%増の5,100億ドル市場となっています。航空宇宙・防衛産業における次の1兆ドル産業としての期待は高まっています。
しかしながら、垂直統合、シェア買収に意欲的な新規参入企業、新しい低軌道(LEO)ロケットへの需要、巨額の宇宙開発資金の増加、低コストの再使用型打ち上げ競合の出現など、OEMが対処しなければならないディスラプションの要因も明らかになっています。防衛とともに宇宙開発計画向けの資金は、ウクライナをはじめとする他の要因によっても莫大に膨らんでいます。
MRO(Maintenance Repair and Overhaul: 保守・修理・オーバーホール)の「黄金時代」はいつまで続くのか?
MROのプロバイダーは、次世代プラットフォームの遅延や性能問題により、成熟機体の稼働期間が予想以上に長期化し、継続的に追い風を受けています。2023年の売上高は、概ねパンデミック以前の水準を上回り、MRO機材がそれを牽引しており、エンジンの耐久性への懸念が短期的な需要に拍車をかけるとみています。
2033年までに現在の就航機体の半数以上が退役し、古いプラットフォームから新しいプラットフォームへのシフトが促進され、MROの成長は2020年以降年で平均30%以上の成長率を記録してきましたが、今後数年間は2.1%に減速すると予想されます。
労働力不足はMROが直面する最も厳しい逆風のひとつでもあります。人材争奪戦や部品不足を含むその他の要因により、MROの需要は供給を大幅に上回っています。
AAM(次世代空モビリティ)プレーヤーは重要な局面を迎える
次世代空モビリティは旬な話題です。しかしながら、この分野にも大きな課題があり、AAMプレーヤーが、多くのアプリケーションの経済的・技術的な実行可能性を試しながらサービス開始の重要な局面を迎えているため、財務面で脆弱であり、それは明らかな逆風となっています。
資金調達は主な課題のひとつで、ほとんどのAAMプレーヤーは、10年後のサービス開始までに新たな資金調達を必要としています。現在、資金調達には公的投資家、個人投資家、企業投資家が混在しており、多くのAAM企業の市場評価が不安定であるため焦りが見て取れます。認証取得競争が進むに連れて、財務再編が増加し、追加流動性を求めて奔走する可能性もあります。
アリックスパートナーズのパスカル・ファーブは、更に次のように述べています。
「将来の計画や投資がかつつてないほど困難な状況下で、航空宇宙・防衛業界の関係者は、目下の課題着手に迫られています。長期的な視点を持ち、短期的リスクや機会に取り組む必要性を理解している企業や投資家こそが業界の勝者となるでしょう。」
「2024年 航空宇宙・防衛業界見通しレポート」の詳細(英語)はこちらをご覧ください。