商事法務ポータルに、福永啓太(アリックスパートナーズ ディレクター)・後藤晃(アリックスパートナーズ アカデミックアドバイザー・東京大学名誉教授)による記事「『SNS』プラットフォームに関する文献調査と日本への示唆」が掲載されました。以下ではその要旨を掲載します。

本稿では、海外当局による調査報告書や経済学文献を参考に、プラットフォームの競争を制限する力を分析する際に、重要と考えられる考慮要素を整理した上で、いわゆる「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)」プラットフォームの、日本における競争を制限する力の有無に関して、日本の当局が行った調査を批判的に検討する。

デジタル分野については、プラットフォームが、オンラインサービスやデジタル技術を使ったサービスを消費者に無料で提供する一方で、広告料やユーザーデータの収集及び利用から報酬を得るとされるなど、ビジネスモデル、技術などの面で他の産業と異なる点がある。

デジタル分野の発展を反映し、当該分野についての研究、事例の蓄積は行われている途上である。デジタル分野に関して蓄積されてきた知見を、同分野における競争法執行の枠組みに当てはめ、従前から競争法における分析で使われてきた市場シェアなどの分析ツールをプラットフォームの競争実態に合わせて適切に調整したり、新たな分析ツールの開発の必要性を検討したりする必要がある。

直接・間接ネットワーク効果(消費者や事業者にとってのあるプラットフォームの価値が、当該プラットフォーム上の消費者や事業者の数が増えると大きくなる効果)やユーザーのスイッチングコスト(他のプラットフォームにユーザーがスイッチすることの難しさやコスト)に関して、理論的な研究が行われてきたところである。こうしたネットワーク効果やスイッチングコストは、マルチホーミング(消費者や事業者が複数のプラットフォームを並行して利用すること)の程度により大きさが異なり得る。マルチホーミングが行われていれば、プラットフォーム間でスイッチすることが容易で、コストも低くなると考えられるからである。しかし、こうした重要な考慮要素について、実証面では未だわかっていないことが多い。こうした点に関する実証的な研究は、理論的な研究の関連性や適用可能性を確認するために必要である。

海外の競争当局は、Metaが、ユーザーに対して市場支配力を有すると主張しているが、こうした評価は係属中の訴訟における結論を待つ必要があり、現時点で確かな結論を得ることはできない。日本においては、これまでの内閣官房や公取委による調査で、プラットフォームに対する消費者や広告主の認識を調査し整理することに特に力点が置かれているように見受けられる。しかし、需要者の実際の利用方法や振る舞いを客観的な方法で理解するためには、需要者の「認識」の調査だけでは不十分で、需要者の実際の利用方法や振る舞いについての詳細な実証的分析が必要である。

とりわけ、日本においては、LINEやTwitterなど、Metaと競合し、Metaよりもプレゼンスが大きいプラットフォームが複数存在する。さらに、他の国や地域と同様、日本でも異なるプラットフォームの間でユーザーによるマルチホーミングが行われている様子が窺える。したがって、日本において、ネットワーク効果が強く働くことや、Metaが有力な事業者であること、Metaが競争を制限する力や優越的地位を有していること、を前提とすべきではない。

需要者として、広告主、広告代理店、広告仲介事業者、媒体社などの事業者を見た場合でも、①上述のとおり有力な競争事業者が複数存在しており、②広告主や広告代理店のMetaに対する取引依存度が小さいことを示す証拠があることから、Metaが広告主や広告代理店に対して競争を制限する力や優越的な地位を有していることを前提とすべきではない。

個人情報保護と競争の関係に関しては、競争が促進されることが個人情報保護につながったり、消費者厚生の改善につながったりするという単純な図式にはないことが、経済学文献から示唆される。このことから、競争法を個人情報保護に関連する問題の解決方法として用いることは適切ではないことが示唆される。むしろ、個人情報保護に関しては、消費者側の利益と事業者側の利益の間の最適なバランスをとることを目的とした、既存のガイドラインの改善等による規制や産業による自助努力を用いることが適切だろう。それにより、規制の費用便益についての検討や、望ましくない結果が予期せず生じることのリスクの評価などを含む、全ての利害関係者間での議論・調整が可能となるからである。

プラットフォームとイノベーションの関係については、これまでのところ様々な見方が提示されている。ある見方においては、新規参入者が既存のプラットフォームの事業分野への参入を避けることや、既存のプラットフォームが競争者となる可能性があるスタートアップ企業を買収することが潜在的な競争への弊害として重視される。別の見方では、既存のプラットフォーム自身の研究開発投資やスタートアップの買収がイノベーションの促進要因として重視される。政策立案者や規制当局は、事案ごとの個別の事情を勘案することなく、いわゆる「SNS」プラットフォームがイノベーションを阻害するという一般化した前提条件に依拠するべきではない。

【本調査はFacebook Japanの助成により行われました。本稿で示された見解や意見は、筆者個人のものであり、筆者が属する組織、Facebook JapanあるいはMetaの見解や意見を表したものではありません。】